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「悼む人」はだれですか?

中日新聞 社説 2009・2・1 より抜粋

●「自立」が過度に称揚されて「依存」と言えば罪悪視、福祉や教育、環境などもお金でやり取りすればいいという小泉構造改革絶頂期の風潮になじめませんでした…

●有り余るモノと情報に惑わされ、私たちは「個」を過信し、「孤」に傾きすぎていたのかもしれません…

●摩天楼に象徴された権威やお金の価値が揺らぎ始めたいまだから、ともに悼み、ともに歩き、お互いの記憶を心に刻み、支えあう隣人や地域のことを見直すべきではないのでしょうか…

●痛みを抱えながら生きている人と、ともに歩いていくような存在でありたい……

 

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