『9条と25条(生存権)がセットになる時代』堤未果

http://www.youtube.com/watch?v=EcW1ro3HiJs

中間層から一気に貧困層へ。自国の中に貧困層を作ることで、反戦者でも生活のために戦争に行かねばならないシステムが作られた。

イデオロギーではなく、生活のために戦争に行く。

イラク戦争は国ではなく民営化された戦争。派遣社員として戦争に行く。

これを防ぐには、「格差拡大にブレーキをかけること」「情報を政府に握らせない、情報を一元化させないこと」

米イラク帰還兵から日本人へのメッセージ:「敵は政府や大企業やマスコミではない。闘うべき敵は自分たち国民の無関心、無知、あきらめだ。海を超えて手をつなぐことで、未来は選ぶことができる」

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『レセプトオンライン化は「社会保障個人会計」への布石』大竹進氏

2011年から医療費のレセプトがオンライン化される。それには遺伝子情報、人工妊娠
中絶など最も機密性の高い個人情報も含まれる。健康保険証、介護保険証、年金手帳
などを1枚のカードにまとめた「社会保障カード」も検討されている。政府の狙いは
「社会保障個人会計」に進めて個人ごとに負担と利用を割り出し、社会保障費の総額
を抑制することにある。このままだと、社会保障制度そのものが崩壊してしまう。

 記事『レセプトオンライン化は「社会保障個人会計」への布石』http://www.news.janjan.jp/living/0902/0902230118/1.phpより抜粋

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ダライ・ラマ法王、インドで初のチベット大学の除幕へ

インドで初のチベット大学「ダライ・ラマ高等教育大学」がIT都市バンガロール近郊に開校

(ダラムサラ)亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ法王は16日、亡命チベット人社会がインドに創立する初めてのチベット大学の除幕式を執り行ない、大学名を明らかにした。

「ダライ・ラマ高等教育大学」と命名された同大学は「チベット子ども村」が創立。インド南部、バンガロール市内から27キロ離れたマイソールロード沿いに位置する。

16日の式典には、周辺のチベット人居住区から集まったチベット人をはじめ、バンガロールで学ぶ300名のブータン人の学生など3000名が参加した。

ダライ・ラマ法王は式辞のなかで、南インドにおけるチベット人居住区とチベットの文化や仏教を学ぶための教育機関の創立を支援してきたカルナタカ州に対し、感謝の念を表明した。

ダライ・ラマ法王は、とくにブータン人の学生に向けて、仏陀の教えの基礎はチベット人とブータン人の精神性における類似性を学ぶことからはじまると語り、仏教の勉強に励むよう激励した。

この式典には、カルナタカ州の前高等教育大臣であるパラメシュワール博士、南インドのチベット人居留区の代表を務めるクンガ・ドルジェ氏をはじめ、教育機関関連の役人が参列した。

パラメシュワール博士は、インドで初めてのチベット大学を創立したチベット子ども村の開拓者精神を称え、「ここで築きあげられるアカデミックなカリキュラムが、ゆくゆくはチベット本土の教育機関においても実施される日が来ることを願いたい」と期待を込めて語った。

 (翻訳:小池美和) 

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所:http://www.tibethouse.jp/news_release/2009/090217_univ.htmlより転載

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『ミッション・オブ・ラブ 終末期のスピリチュアルケア』

p.241より抜粋

インドでは、宗教に相当することばをダルマという。文字どおりに訳すと「法」または「生きる道」という意味になる。「生きる道としての宗教」とは、西洋人が霊性(spirtuality)と呼んでいるものである。特定の宗教にかかわることなく、われわれはそれぞれのやりかたで霊性を達成することができるということだ。真の宗教とはあらゆる徳目を修得し、表現するものである、とわたしはかんがえている。その目的は人々を改宗させることにあるのではなく、人々に自己の真実を経験し、表現させることにあるのではないか。いかなる霊性の道も絶対的なものではないが、神はわれわれの外なる世界に存在し、あらゆる宗教の枠を超えて影響をおよぼしている導きである、とわたしは信じている。その導きは、無限の癒しの可能性を秘めた愛の力をつうじて行なわれる。

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ダライ・ラマ法王、ドイツ・メディア賞を受賞

2009年2月10日夜、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ法王は、訪問先のドイツ西部バーデンバーデンにおいて、国際社会に大きな影響を与えた人物に与えられるドイツ・メディア賞を受賞した。

これについてダライ・ラマ法王は、「このような賞をメディア関係者から戴いたことは、私にとって特別な意味をもつ」としたうえで、「民主社会において国民が真実を知るためには“報道の自由”が不可欠である。真実が伝えられなければならない」と語った。

ホテルに到着したダライ・ラマ法王は、スイス在住のチベット人によるチベットの伝統に基づいた歓迎の歌や踊りのほか、式典のために特別に招かれたリヒテンシュタインの舞踊グループによるダンスで迎えられた。

ドイツ・メディア賞の式典でチベット国歌が歌われ始めると、大画面にチベット国旗が映し出された。来賓もまた、チベット国旗を上着に留めて登場した。

ダライ・ラマ法王は演説のなかで、「人間の価値」「宗教間の調和」「チベット問題」という自身の3つの務めについて強調し、慈悲の心と決意することの重要性について詳しく語った。チベット問題については、「現在のチベットの状況は非常に緊迫している」としたうえで「チベットの文化は人類に大きな影響を及ぼしてきた仏教文化であり、チベットの文化を護っていくことは、チベット人のみならずアジアの何百万人もの人々にとっても重要なことである」と説いた。

ドイツ・ヘッセン州のローランド・コッホ首相はダライ・ラマ法王を称えて、「ダライ・ラマ法王は、史上、類い稀な人物である。ダライ・ラマ法王のご尽力により、世界中がチベット人の悲運とチベット人の非暴力の決意に目を向けるに到った」と述べた。

さらには、「現在、ラサではビルの上階に射撃手が配備され、市内にはマシンガンを持った多数の治安部隊のすがたがある。それにも関わらずこの1年間そのような映像を我々が目にしていないのは、チベット報道の門戸が閉ざされ、チベットの実情を伝える映像を流すことが許されない状況にあるからである」と語った。

ドイツ政界の重鎮であるコッホ首相はダライ・ラマ法王の20年来の友人でもあり、「次の世代にメッセージを残そうとするならば、まずは我々が平和的解決の道を支持することだ」と述べた。

2008年度のメディア賞の選考にあたったドイツの著名なジャーナリスト20名で構成される委員会は、「ダライ・ラマは、宗教間の緊張、自己破壊、儲け優先主義、人権侵害が続行中のこの時代において、和解、寛容、謙虚であること、他者を敬うことの大切さを積極的に提唱してきた。チベット人の人権を求めて非暴力の闘争を提唱し、亡命先のインドから50年間にわたって非暴力の闘争を導いてきた」と語った。

同日、ダライ・ラマ法王はイタリアのベネチアにおいても名誉市民の称号を受賞した。

ダライ・ラマ法王のインド、ニューデリー帰着は11日となる。

(訳:小池美和)

copied from ダライ・ラマ法王日本代表部事務所:http://www.tibethouse.jp/news_release/2009/090210_german.html

original version in English:http://www.dalailama.com/news.344.htm

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ダライ・ラマ法王のメッセージ:春節(旧正月)をお迎えの中国人のみなさまへ

春節(旧正月)を迎えるにあたり、中国本土をはじめ世界各地におられる我々の兄弟姉妹である中国人のみなさまにご挨拶を申し上げます。

昨年は世界各地で様々な出来事が重なり、とりわけ中国におきましては、あるときには深く憂い、またあるときにはよろこびに満ち、さまざまな激動を目のあたりにすることとなりました。自然災害の脅威のほかにも耐え忍ばねばならない事態が発生し、また、五輪の開催という晴れ舞台もあり、その結果、各地に大きな変化が残されることとなりました。

世界規模の経済破綻により、途上国を中心に世界中の一般市民が不安と苦悩の淵に投げ込まれています。人類のあらゆる苦しみが終わるように祈ること、苦しみの最中にある方たちの幸福と安寧を祈ることは、信仰を持つすべての人間に託された責務です。

世界一の人口を持つ中国には、五千年を超える長い歴史とともに見事な文化遺産があります。そればかりか、政治、経済、軍事における超大国としても新興しています。しかしながら、自由、法の支配、透明性が無いのでは、この進歩的な現代社会において超大国としての責任を果たすことはできません。

「調和社会」の創造という胡錦濤国家主席の政策は称賛に値します。そのような政策は中国にとって不可欠ですし、世界規模で成されるべき課題でもあります。しかしながら調和社会とは、相互の信頼、友愛、公正を通して実現されるものです。武力や独裁政治を用いて実現することはできません。
 
中国の人民は、経済的な便宜だけでなく自己の良心に従うことのできる自由や教育を享受し、世界で起きている事柄に眼を向けていく必要があります。このような自由が人類にとっては不可欠なのです。めざましい変化が続く現代社会においては、この地球で起きている日々の出来事に遅れをとらないように努めなければ、自ずとおいていかれることは言うまでもありません。今日の中国は、BBCやCNNといった海外ニュースをはじめ、テレビ、ラジオ、インターネットによる民間のニュースから遮断されていますから、中国の人民はいま世界で何が起きているのか、真実を知ることができません。私は、そのような中国政府の閉鎖的な姿勢に失望しています。そのような姿勢は、中国の人々の基本的権利はもちろん、短期的、長期的な利益を確保するうえで大きな妨げとなります。

21世紀は情報革命の時代であるといわれます。それでも中国をはじめ、情報の流れを規制している国はあります。そのような行為は時代錯誤であり、長期的に持続することはできません。ですから中国においても、情報の普及と共有が速やかに自由化されるものと私は信じております。

昨年、多くの中国人有識者が、中国における自由、民主的思想、公正、平等、人権を求めて膨大な数の記事を発表し、キャンペーン活動を行ないました。とくに最近では、あらゆる職業の人民が「08憲章」という基本的人権を求める文書に署名し、その数が増えていくのを我々は目にしました。これは有識者をはじめとして、中国の人民が自国における開放性と自由への切なる思いを表明しはじめたことにほかなりません。これは、我々みなにとって誇りとなる出来事です。

最後に、中国人のみなさまに重ねて新年のご挨拶を申し上げ、新たな年が、中華人民共和国が平等、公正、友愛を確保することによって有意な調和社会を築ける年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

2009年1月25日

ダライ・ラマ

(翻訳:小池美和)

copied from :ダライ・ラマ法王日本代表部事務所http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/090125_chinese_people_ja.html

Original version in English:http://www.dalailama.com/news.339.htm

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自分の頭で考える市民・松阪市長・山中光茂氏

2009・2・8 中日新聞 社説 より抜粋

 1月25日の三重県松阪市長選で、自民、民主両党が実質支援する現職候補を相手に快勝して33歳という全国最年少市長になった山中光茂さんが勝因についてこう語りました。

 「市民ひとりひとりが今まで以上に自分の頭で、自らの生活や地域を考えるようになったということ。時代の流れでもあると思う」

 税金、雇用、年金、環境など市民が自分で考え、こぞってその声をぶつけ動けば、社会は変わります。総選挙が近づいています・・・

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「悼む人」はだれですか?

中日新聞 社説 2009・2・1 より抜粋

●「自立」が過度に称揚されて「依存」と言えば罪悪視、福祉や教育、環境などもお金でやり取りすればいいという小泉構造改革絶頂期の風潮になじめませんでした…

●有り余るモノと情報に惑わされ、私たちは「個」を過信し、「孤」に傾きすぎていたのかもしれません…

●摩天楼に象徴された権威やお金の価値が揺らぎ始めたいまだから、ともに悼み、ともに歩き、お互いの記憶を心に刻み、支えあう隣人や地域のことを見直すべきではないのでしょうか…

●痛みを抱えながら生きている人と、ともに歩いていくような存在でありたい……

 

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『日本的霊性』鈴木大拙

p.81より抜粋               

風にも当たらず雨にも濡れずに育つ苗はかよわい。頑強で根づよい大木は、どうしても暴風雨に晒されて、深く深く大地に根を張らなくてはならぬ。こんな強靭な根幹は、「物のあわれ」の世界では成長せぬ。「物のあわれ」は今いちど試練を経過しなければならぬ。女性の感覚および感情は、まだ日本霊性の上皮部所属である。これが破れて霊性そのものの中に割り込まなくてはならぬ。そしてそこで開けた直覚の眼を通して、感覚や感情の世界が再検討せられなくてはならぬ。そうなると今までの直覚の世界はまだ徹底したものでなかったことがわかる。

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ダライ・ラマ法王の特別メッセージ:チベット内外のすべてのチベット人に向けて(2008年11月14日)/Special Message of HH The Dalai Lama for Tibetans In and Outside Tibet

チベット内外のすべてのチベット人のみなさんにご挨拶を申し上げるとともに、いくつか重要な話を述べさせていただきたいと思います。

私は、とても若い頃から、チベットの政治が民主的体系へと変容することが、チベットの即時的かつ長期的な有益のためには何よりも重要であると理解していました。そこで、チベットの精神的・政治的指導者としての責任を担うようになってからは、そのような民主的機構をチベットに樹立すべく力を尽くしました。残念なことに、中華人民共和国の激しい弾圧下では、我々はこれを成し遂げることはできませんでした。しかしながら、亡命生活に入ってまもなく、我々の政治の骨組みに思慮深い改革が導入され、新しく選出された議会が設立されました。亡命下であるにもかかわらず、チベット人社会の民主化への移行は進歩を成し遂げたのです。今日、亡命チベット人社会は本来の意味での真の現代民主主義社会へと完全に変容し、独自の憲章と一般投票によって選ばれた指導部で構成される行政府を持っています。チベット人自らがチベットのために責任を取れる用意ができているという点において、現時点でこれを誇りに思ってよいでしょう。私が民主制度の樹立を奨励する姿勢を貫いてきた唯一の理由は、揺るぎのない持続可能な将来の政治システムをチベットのために確保しておく必要があったからです。自分の責任を軽くしたかったとか、回避したかったからではありません。我々が苦闘を続けていくためには、過去の歴史や経験を振り返って検討することも大切ですが、現在の世界情勢から学ぶことも極めて重要です。すべてのチベット人は、中央チベット行政府という機構を支持するべきなのです。そうすることで、亡命中のチベット文化遺産をチベット問題が解決されるまで保護することができるのです。

亡命生活に入って以来、我々は、同胞を招いて今後のチベットにおける重要な政治的決定について意見を述べてもらうことにより、民主システムの中枢機能を行使してきました。現行の、チベットと中国双方にとって有益となる中道のアプローチは、議員をはじめとするチベットの人々を代表するリーダーたちとの討議と熟慮の結果として1970年代のはじめに生まれました。しかも私は、ストラスブール提案において、「チベットの人々が最終決定を行なう」とはっきりと述べています。

1993年に中華人民共和国との接触が途切れた後、我々は、亡命チベット人の世論調査を行ない、信任を問う国民投票を行なうことが可能なあらゆるチベット地域からの提案を集めました。それにより、チベットの人々にとって納得のいくかたちで、自由を求める闘争が進むべき道をチベットの人々が決定することになったのです。チベットで集められたこのような提案の結果に基づき、亡命チベット議会は、この問題に関しては国民投票に問うことなく、引き続き私の裁量に任せるという決議案を可決しました。

その結果、我々は今日まで中道のアプローチを取り、2002年に中華人民共和国との接触が回復されてから8回の対話を行ないました。中道のアプローチは国際社会に認められ高い評価をいただいているだけでなく、多くの中国人有識者も支持してくれていますが、それにもかかわらず、チベットにおける前向きな変化の兆しはまったく見られません。事実、中華人民共和国の対チベット政策は、少しも変わっていないのです。

2007年に行なわれた中華人民共和国の代表団との6回目の対話の後、近い将来にさらなる対話を行なう予定はまったくありませんでした。しかし、今年3月の出来事の後にチベットの状況が切迫したことから、我々は非公式の会合を5月はじめに行ない、続く7月と11月のはじめに7回目と8回目の対話を行ない、あらゆる手を尽くしました。それにもかかわらず、少しも進展はありませんでした。

今年3月、チベットの三大地方(ウーツァン、カム、アムド)として知られるチョルカ・スム全域のチベット人が、若者も老人も、男性も女性も、僧籍にある者も一般市民も、信仰心のある者もない者も、学生達も、命をかけて、中華人民共和国の政策に対する長年の不満を平和的かつ合法的なかたちで表明しました。その時点では、私は、中華人民共和国政府に期待をかけていました。現実に即した打開策をみつけてくれるだろうと希望を抱いていたのです。しかしながら、中国政府はチベット人の感情や強い願望を完全に無視し、デモに参加した人々を容赦なく弾圧し、「分離主義者」「反動主義者」という名目で告訴しました。このような試練のなかで、私は、深い憂慮と痛切な責任感から、国際社会や中国に対して私が持ち得るどのような影響力をも使うことにし、胡錦濤国家主席には個人的に手紙を書きもしました。しかし、私の努力は何の変化も生みませんでした。

当時はだれもが北京五輪に心を奪われていましたので、公の場に問いかける時期としては不適切と思われました。今は適切な時期であると思われますので、9月11日、私は亡命チベット人憲章第59条に基づき、選挙で選ばれた指導者たちを早急に招集して特別会議を開くよう要請しました。この機会に、参加者がそれぞれの属する社会の意見を持ち寄り提示し合えるよう、私は願っています。

今年にチベット全域の人々が見せた勇気、昨今の世界情勢、現在の中華人民共和国政府の非妥協的なスタンスを考慮するなら、参加者全員がチベットの民として平等、協力、連帯責任の精神において、チベット問題の解決に向けて今後取り得る最善の方策について話し合うことが必要です。徒党的議論は脇におき、オープンな雰囲気のなかで行なわれるべきですし、むしろ、チベットの人々の強い願望や見解に焦点がおかれなければなりません。参加者が最善を尽くせるように彼らと気持ちをひとつにしていただくよう、みなさんに呼びかけます。

この特別会議は、チベットの人々の真の意見や考えを理解するための自由でフランクな議論の場を提供するという明白な目的をもって召集されます。あらかじめ用意された結論に到達することを目的とした会議ではありませんので、議事日程などがないことをどなたもご承知おきください。

2008年11月14日

ダライ・ラマ

http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/081116_special_message.html

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所ホームページより拙訳転載

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copied at : http://www.dalailama.com/news.303.htm

original text elow:

Special Message of HH The Dalai Lama for Tibetans In and Outside Tibet

Published: Friday, 14 November, 2008

While sending my greetings to all Tibetans in and outside Tibet, there are a few important issues I would like to present to you.

Since I was very young, I realized that the transformation of our governance into a democratic system was of utmost importance for Tibet's immediate and long-term interest. Therefore, after taking responsibility as the spiritual and political leader of Tibet, I worked hard to establish such a democratic set-up in Tibet. Unfortunately, we were unable to achieve it under the harsh repression of the People's Republic of China. However, immediately after coming into exile, judicious reforms were introduced in the structure of our governance and a newly-elected parliament was constituted. Despite being in exile, the process of the democratization of the Tibetan community has made good headway. Today, the Tibetan community in exile has completely transformed into a modern democracy in the true sense of the word, having an administration with its own charter and a leadership elected by popular vote. We can be proud at this moment when the Tibetan people themselves are ready and able to take responsibility for Tibet. The reason I have persisted in encouraging the establishment of a democratic system is based entirely on the need to secure a solid and sustainable future system of governance for Tibet. This is not because I was reluctant or wanted to shirk my responsibility. It is extremely important that we take stock of history and our past experience, as well as learn from the present world situation in order to keep up our struggle. All Tibetans should uphold and strengthen the institution of the Central Tibetan Administration, by means of which we will be able to preserve the Tibetan cultural heritage in exile until the issue of Tibet is resolved.  

Since coming into exile, we have exercised the essential functions of a democratic system by inviting our people to express their opinions about important political decisions on the future of Tibet. The current, mutually beneficial Middle-Way Approach was formulated in the early 1970s as a result of much deliberation and discussion with leaders who represented the Tibetan people such as the Speaker of the House. Moreover, I have specifically stated in the Strasbourg Proposal that the Tibetan people will make the final decision.

After the break in contacts with the PRC in 1993, we conducted an opinion poll of the Tibetans in exile and collected suggestions from Tibet wherever possible on the proposed referendum, by which the Tibetan people were to determine the future course of our freedom struggle to their full satisfaction. Based on the outcome of this poll and suggestions from Tibet, our parliament in exile, passed a resolution empowering me to continue to use my discretion on the matter without seeking recourse to a referendum.

Therefore, until now we have followed the Middle-Way Approach and eight rounds of talks have taken place since contact with the PRC was restored in 2002. Despite this approach receiving widespread appreciation from the international community, as well as the support of many Chinese intellectuals, there have been no positive signs or changes in Tibet. Indeed, PRC policies towards Tibet and the Tibetans have remained unchanged.

After the sixth round of talks in 2007 with officials of the PRC, there were no plans to hold further talks in the immediate future. But, because of the urgency of the situation in Tibet after the events of March this year, we held informal discussions in the beginning of May, followed by the seventh and eighth rounds of talks in July and at the beginning of November, so as not to leave any stone unturned. Nevertheless, no real progress was made.                        

In March this year, Tibetans from the whole of Tibet known as Cholka-Sum (U-Tsang, Kham and Amdo), regardless of whether they were young or old, male or female, monastic or lay-people, believers or non-believers, including students, risked their lives by courageously expressing their long-felt dissatisfaction with PRC policies in a peaceful and lawful way. At that time I was hopeful that the PRC government would find a solution based on the reality on the ground. However, on the contrary, the Chinese government has completely ignored and rejected Tibetan feelings and aspirations by brutally cracking down on them, using the accusation that they were 'splittists' and 'reactionaries' as an excuse. During those testing times, out of profound concern and a deep sense of responsibility, I exercised whatever influence I have with the international community and with China, including writing personally to President Hu Jintao. But my efforts hardly made any difference.

Since everyone was preoccupied with the issue of the Beijing Olympics, it did not seem appropriate to consult the general public at that time. Now, since the time is more appropriate, in accordance with clause 59 of the Charter for Tibetans-in-exile I have on 11th September, requested our elected leadership to convene a Special Meeting soon. It is my hope that participants will be able to gather the opinions of their respective communities and be able to present them on this occasion.

Taking into account the inspiring courage being shown by people all over Tibet this year, the current world situation, and the present intransigent stance of the government of the PRC, all the participants, as Tibetan citizens should discuss in a spirit of equality, cooperation and collective responsibility the best possible future course of action to advance the Tibetan cause. This meeting should take place in an atmosphere of openness, putting aside partisan debate. Rather, it should focus on the aspirations and views of the Tibetan people. I appeal to everyone concerned to work together to contribute as best as they can.

This Special Meeting is being convened with the express purpose of providing a forum to understand the real opinions and views of the Tibetan people through free and frank discussions. It must be clear to all that this special meeting does not have any agenda for reaching a particular predetermined outcome. 

The Dalai Lama

14 November 2008

(N.B Translated from the Tibetan)

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